
ニセのクスリだべ?
「引き寄せの法則」とプラセボ効果とは、重なる部分が多分にあります。
そのため今回は、プラセボ効果の積極的な活用について、説明したいと思います。
プラセボ自体がニセ薬であるため、一般的には、その効果もいい加減で当てにならないものと思われているように思います。
しかし言ってみれば、「望みを実現するチカラの半分はプラセボ効果でできている」という感じですらあります。
否定的なイメージを抱いている方には、ぜひお知らせしたいところです。
損はさせないつもりで、書いております。
この記事を書いているコンドーさんは、「引き寄せの法則」研究歴10年以上。
関連書籍を100冊以上読み、いまでも思索と実践を続けています。
そんなわけで、今回は「プラセボ効果」について、解説します。
「プラセボ=気の所為」と考えている方は、ぜひご覧ください。
もくじ
プラセボ効果はニセの効果?

プラセボというのは、偽薬のことであり、つまりはニセモノの薬のことです。
そしてプラセボ効果とは、単なる食品など薬としての効果を持たないプラセボを服用しても、患者の期待によって病気が改善するような効果のことを言います。
プラセボ効果についての一般的なイメージは、否定的なものが多いようです。
つまり、気の所為だとか、ニセの効果というようなイメージです。
しかし、それは幾分、極端な反応のように思えます。
なぜなら、薬は偽物だとしても、その効果は本物だからです。
プラセボ効果は、人間が本来持つ高い能力を示すものです。
要するに、期待しただけで病気が改善されるのですから、笑うべきことというよりは驚くべきことだと言えるでしょう。
薬を使わずとも、薬と同じような結果がもたらされるなら、それを有効に活用すべきなのは当然の話です。
なぜなら、多くの薬には、副作用という悪い影響ももたらすものであるからです。
プラセボ効果は通常考えられているよりも、もっと積極的に利用すべきものと言えるかもしれません。
ニセグスリで良くなるとか聞くと、なんかしょーもない感じがしてしまなぁ。
そんなにバカにしたもんでもなく、最大限、有効に使うべきものだとも言えるのよ。
プラセボ効果について

プラセボ効果については、おおよそ3分の1の人で得られるものということが知られています。
つまり、例えばただの小麦粉や砂糖を固めたものを飲ませても、本人が薬だと思っていれば3人に1人は効いてしまうということです。
それどころか、「これは薬ではない」と言って与えられても、効いてしまうことがあるのだそうです。
また、医者がその薬をどれだけ評価しているかや患者がどれだけ医者を信頼しているかによって、効果が変わってくることも知られています。
つまり医者が「この薬はとても効く」と思って処方するとより効果が出るし、患者が「この先生に任せておけば大丈夫だ」と感じていればもっと効くということになるわけです。
新薬を開発する際には、薬の本当の効き目かプラセボ効果なのかを区別するために、厳密な判定がなされます。
ダブルブラインドテスト(二重盲検試験)と呼ばれるもので、患者と医師の両方がどれが薬でどれがニセ薬かを知らない状態でテストがなされるのです。
患者に知らされないというのは当然のようですが、医師の側でも知らないようにしなければなりません。
なぜなら、医師の反応が無意識的に患者の側に伝わってしまうことになるからです。
つまり、「ああ、これが本物の薬だな」と医者の側が思って処方すると、それが患者の側に伝わって薬がもっと効いてしまうということです。
これは逆に言うなら、「厳密なテストを行わないと紛れしまうほど、プラセボ効果の影響が大きい」ということを意味していることになります。
厳密にヤラないと、プラセボ効果が勝手に出てしまう、と。
そーゆー意味では、言ってみれば「メンドクサイくらい効く」ってコトよな。
「引き寄せの法則」とプラセボ効果

当サイトでは、「引き寄せの法則」をスピリチュアルにではなく、現実的に解明することを目指しています。
これまで、「引き寄せの法則」の効果については、実践した本人の内部と外部で起こる反応の両面から説明をしてきました。
「引き寄せの法則」の実践においては、主にアファメーションやビジュアライゼーションが行われます。
そして、これらによって無意識の書き換えが行われ、望ましい結果が自然と生じるわけです。
アファメーション、ビジュアライゼーションについては、こちらの記事をご覧ください。
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例えば、病気からの改善という話で言えば、これらの方法の実践によって病気が治った自分のイメージが定着することになります。
定着というのはつまり、「そうであるのが自然であり当然のものになる」ということです。
また、それによって実践者の内部では、健康というゴールの状態に向かうための情報収集が自動的に行われ、またそのための手段も自然と見いだされます。
一方、外部には「健康に値する人」「元気を取り戻しつつある人」というイメージが周囲に伝わり、それがまた自分に返ってきて、より一層、自己イメージが高められるということが起きます。
よりくわしい説明は過去の記事で説明していますので、ご覧ください。
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こうした変化のうち、内部で起こるものとプラセボ効果とは、非常に似通っています。
薬を飲むときにも、「引き寄せの法則」の実践と同じようなことが起こるわけです。
つまり、「この薬で自分は健康になる」という考えと、期待することのポジティブな「感情」が働くことで、無意識に健康的な自分の姿というゴールのイメージが刷り込まれるということです。
「感情」が「引き寄せの法則」の実践においてカギになっているといことについては、すでに説明したとおりです。
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結局のところ、「引き寄せの法則」においてもプラセボ効果においても、大まかなシナリオは同じです。
つまり、望ましい「イメージ」と「感情」がセットにされると無意識に強い影響が与えられ、それが自然と本人をゴールへと導くということです。
その強力なチカラを、人類はまだ十分には知ってはいない、のだヨ。
儀式としての実践

プラセボ効果と「引き寄せの法則」で、違っているところにも触れておきましょう。
これら二つで違っているのは、薬という具体的なものを媒介としている点です。
自分を健康へと導く力が宿ったものとして偽薬を捉え、それを自らの身体に取り込むさまは、一種の儀式のようでもあります。
宗教や政治においても、古来から儀式が広く取り入れられてきました。
その理由は、具体的な行為によって明確に日常とは違うイメージが呼び起こされるからでしょう。
つまり、そうしたものによって無意識に与える影響を強めるわけです。
また、分かりやすい象徴的な行為によって多くの人間を巻き込み、その影響力を増すような働きもあるように思われます。
一方で、「引き寄せの法則」の実践では一般的に、儀式のようなことは行いません。
理由は恐らく、「引き寄せの法則」が多様性を重んじているからだと思われます。
儀式というのは、参加している人間を誰でも同じような存在として扱うものです。
それは定式化されたものであって、そこに参加している人間には名前がなく、個別の存在として扱われることはないということです。
もちろん、儀式を執り行う人の役割といったものはあります。
しかし、受ける側、参加する立場としては、特別な存在としてはそこにはいないわけです。
ですから儀式に参加しても、その雰囲気にマッチしない者は、言ってみれば捨て置かれてしまうことになります。
一方で「引き寄せの法則」は、個々人のあり方を重んじ、感情にカギがあることを強調します。
だから、定式化されたものではなく、個々人のあり方に合わせた実践を勧めているわけです。
薬を飲むにせよ儀式を行うにせよ、自分自身が自分のためにチューニングしたものである方が、感情は突き動かされることでしょう。
言い方を換えれば、「引き寄せの法則」の実践は、自分だけのオリジナルな儀式であるとも言えるわけです。
だから、「引き寄せの法則」は、いわゆる儀式はしない。
プラセボの危険性

プラセボ効果の危険性についても、触れておきましょう。
プラセボ効果を使おうとするときに危険があるのは、そこへ逃げ込もうとする人たちがいるからです。
具体的な例としては、現代的な医療を拒否して、民間療法に頼る人が挙げられるでしょう。
いわゆる民間療法と呼ばれるものには、二種類のものがあると思われます。
一つは、いまだ解明されていない治療効果を伴うもの。
もう一つは、プラセボ効果以上のものではないもの。
そして、実際のところその多くが後者であろうことは、想像に難くありません。
ただし、この記事でも書いたように、プラセボ効果は決してニセの効果ではありません。
言ってみれば、プラセボ効果をすべて否定するのは、プラセボに逃げ込む人たちと同じく非科学的な行為だということです。
ですから、問題がない範囲で有効活用するのが望ましい、とも言えるわけです。
プラセボにも危険性があるが、有効に活用もしたい。
この点については、どう考えたらよいでしょうか。
カギはやはり、「感情」にあります。
「引き寄せの法則」のカギが「感情」にあることは、これまでも説明してきたところです。
一方で、プラセボ効果についても、医師への評価が結果に影響することなどから、感情が重要なポイントであることはまず間違いのないところかと思います。
では、現代的な医療を拒否して民間療法に向かう人の「感情」というのは、どうなっているでしょうか。
たぶん、その多くが恐れという感情を抱いているものと思われます。
つまり、病状の悪化や手術などによって身体が傷つけられることへの恐怖などがあるということです。
しかし、恐れから行った判断は、より大きな恐れを引き寄せてしまいます。
それが法則だからです。
なぜそうなるのかについては、もう何度も説明してきたとおりです。
まず、病状の悪化などの「イメージ」と恐れという「感情」とが、セットになってしまっていることが分かります。
そして、それによって「無意識がそこへ向かうプログラムが勝手に組まれる」ということが起こってしまうわけです。
では、どうすればよいのか。
その答えは、自分自身がポジティブな感情でいられる範囲においてのみ、プラセボ効果を利用するということです。
例えば、現代的な医学による手術を拒否する場合、どこに不安を感じていて、逆にどこになら期待を抱けるのかを、自分自身に問うてみることが不可欠になります。
そのため必ず、自分が何を感じているかを、よく見てやる必要があるわけです。
大事なのは、感情です。
そして、大抵の場合は、現代的な治療を軽んずることはできないだろう、するべきではないと、内心では感じているものです。
ですから、それを無視すれば、不安を感じざるを得ないことになります。
結局のところ、感情との折り合いが良いだろうお勧めのやり方は、民間療法を利用するにしても、自分が不安に感じない範囲で現代的な治療とうまく併用してやることだと言えるでしょう。
例えば、「熱狂的に民間療法に向かうのだとしたら、その裏側にはきっと不安があるのだろう」という感じ、なのかしら。
なので、「不安感から逃れるように別の何かに向かうようでは、ヤバそうだぞ」というコトになる、というワケだな。
まとめ:プラセボ効果

記事のポイントを整理します。
- プラボ効果は、有効に活用すべき、ニセではなく実際の効果。
- イメージと感情の組み合わせという意味では、「引き寄せの法則」に通じる。
- 効果を挙げたり危険性を避けるためには、感情の動きに注意を払う。
今回は、プラセボ効果について解説しました。
以下では、オマケとして、いくつかのトピックについて記しておきたいと想います。
学ぶべき勘所

プラセボ効果を最大限活用するために、もっとも望ましい状態というのは、どういうものでしょうか。
このセクションでは、その点について考えていきたいと思います。
おそらく究極的には、商品を使うたびに作り手のことを考えてよい気分に浸るといった感じになると、圧倒的に結果が出てくるようになることでしょう。
しかし、こういう状態を作り出すことをイメージして商品を作ったり売ったりしている人というのは、ほとんどないのではないかと思います。
例えば、いわゆるブランド品と呼ばれるものなどは、似たような状態を目指していると見ることもできます。
ブランド品のファンたちは、その商品をポジティブな感情をもって買い求め、使うたびにまたそれを味わいつつ使うと言えるからです。
しかし、そうしたブランドでさえ自分たちの商品のデザインやコンセプトを通して、自身を表現しようとする場合がほとんどです。
創業者が何十冊にも及ぶ思想を示して「教育」を行っている例など、ほとんど存在しないのではないでしょうか。
最近では「ナラティブ」などという言葉で表現されたりもしていますが、要するに、重要なのは物語性であるわけです。
語られている物語が自分自身の心根にマッチするとき、人は心地よさを感じます。
そして、その心地よさが、イメージを無意識に刻みつけることを可能にしてくれます。
こうした流れが完了すると、無意識が目標達成のために情報を収集したり、プランを考えついたりを勝手にしてくれるわけです。
問題は「人々の心にマッチする物語をいかに生み出すか」に掛かっており、そこから得られる心地よさが勘所だということになるのです。
示されたモノに共感したヒトが集まり、プラセボ効果による果実を得ていくというワケなのさ。
最重要なのは、自分自身の同意

感情が「引き寄せの法則」活用のカギだという話は、何度もしてきました。
これが意味するところはつまり、自分の中の納得感が大事だということです。
そして、感情の持つ働きが強く影響しているのが、プラセボであり、その一部としての健康食品であるということになるわけです。
このように感情は、あまりにも重要です。
非常に単純に言えば、「どんなときでも楽しく、ポジティブな感情とともにあれば、様々なことがうまくいく」と言えます。
しかし多くの人は、自分が望むものをイメージしてもポジティブな気持ちだけを感じていることができないものです。
つまり望みが叶った状態を思い描いても、ネガティブな気持ちを呼び起こす考えもまた、一緒に浮かんでしまうということです。
例えば、「こうした」「ああなりたい」と願って、いくらか楽しい気分になったとしましょう。
しかし同時に、「でも、自分にはとてもムリだ」「まだ早い」「資格がない」「それをよく思わない人がいる」というようなことが勝手に思い浮かんで、悲しい気持ちも味わってしまう人がとても多いのです。
ちなみに、一般的には「引き寄せの法則」では、問題点に注目するのはよくないこととされています。
その意味では、「とにかく楽しいことをだけイメージしろ」という教えだとさえ言えるのです。
実際、「引き寄せの法則」の大家であるヒックス夫妻の著作には、自分が望ましいと思うことだけを考えろという意味で、聴衆の疑問にこうやって答えています。
「幻想を抱けと言うんですか?想像していろと?真実でない言葉を使えと言うんですか?」
そのとおり。
『理想のパートナーと引き寄せの法則』P375 エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著、吉田利子訳 ソフトバンククリエイティブ 2010
また、人が「これが本当のことだ」と感じるものである信念が現実を生み出すということが、主張されています。
そして、その信念がどう作られるかについては、以下のように説明されているのです。
信念とはなんなのか?
「信念とはわたしが考え続けている思考です」
『理想のパートナーと引き寄せの法則』P376 エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著、吉田利子訳 ソフトバンククリエイティブ 2010
つまり、全体をまとめると「信念が作られるまで、望むことだけを考え続けよ」ということになるわけです。
しかし実際には、すでに書いたとおり、望むことを考えていくらか楽しい気分にもなっても、同時にイヤな気分になるイメージもついくることが多いものです。
ですから多くの場合において、考え続けることができなくなってしまうのです。
結局のところ、「考え続けるべきものは分かっているが、考え続けることができない」ということになってしまいます。
こうなると、まさに堂々巡りです。
では一体、どう考えたらよいのでしょうか。
自分の同意を取り付けるために必要なのは、何でしょうか。
最後に、その点について考えてみましょう。
なんつーか、引き寄せろって言われても「つーてもムリ」って感じがあるんだよなぁ。
ってワケだ。
答えはすでに出ている

「ひたすらにポジティブなイメージだけをたどっていく」ということは、言葉で言うほど簡単ではありません。
ネガティブな感情は強く心に残り、またそこから逃げるようなことをすることもまた、ネガティブな感情を引き起こすからです。
ここで注目すべきポイントは、「イヤな気分がするということは、そのイメージを無意識の自分は否定している」ということです。
そのことを、決して忘れてはいけません。
例えば、「自分はダメだ」と思えば、イヤな気分がすることがきっと多いはずです。
それはつまり、「自分はダメではない」と他ならぬあなたが自分自身で感じているからです。
「自分にはとてもムリだ」と思うと気分が落ち込むのは、「自分にもできるはずだ」と感じているからです。
「まだ早い」と思うと残念な気持ちになるのは、「もう準備はできている」と感じているからです。
「資格がない」と思うと気分がふさぐのは、「資格は十分にあるはずだ」と感じているからです。
「よく思わない人がいる」と思うとブルーになるのは、「そんな人のことは関係ない」と感じているからです。
どの例も、必ずそう感じるわけではないかもしれません。
でももしそう感じたのなら、答えは自分の感情の中にあるのだし、そこにしかないのだと気づいてください。
自分がイヤな気持ちを感じたときには、本当の自分が出しているメッセージが必ずあります。
ですから、それが何であるかを、きちんと意識してあげてください。
そして、できうる限り、そのメッセージに従って生きてください。
なぜかと言えば、そうすることであなたのチカラが最大限発揮されるからです。
自分が信じている自分の物語に沿って生きるとき、人間は上限一杯の能力を振るうことができます。
結局は、プラセボの話と同じことです。
自分が感じているものに乗って進む方向を選ぶとき、その先では大きな効果が得られるのです。
「自分はまだまだだ」などと思ってしまうのは、それが分別であり、大人の判断であるからでしょう。
しかし、そんな意識(エゴ:自我)の言葉に従っている限り、分かったような分からないような結果しか残せはしません。
どこまで現実的に考えるべきかは、あなたのエゴは決められません。
しかし、それをエゴが決めるのだ、そう決めるべきものなのだと考えているから、人は迷い、苦しむのです。
本当は、決めるのはあなたの無意識(エス:原我)です。
そして、エスの答えは、感情という表現によって、いつでもすでに出されています。
もし自分にチカラを発揮させ、悦ばしい生の中に置こうとするのなら、そのための答えはいつでもすでに出ているわけです。
どこまで現実的に考え、どこから非現実的な夢を見るか。
その答えは、あなたの感情が知っています。
それらをどう配合すれば、一番気分よくいられるか。
自分の感情に、問うてください。
この問いの重要性を知っている人間は、ほんの一握りしかいません。
人生のプラセボ効果をすべて汲み尽くすくらいまで、ぜひ活用していってください。
自分のキモチねぇ。
まぁ、それって勝手に湧いてくるものだから、左右できるもんじゃないもんねぇ。
「エスに従いエゴによる捕らわれを手放す」ってコトが、エスターおばちゃんが大事だって言う「オールを手放せ」ってコトなのさ。
