メモ

研究メモ:コルチゾールで人を呪わば穴二つ/「引き寄せの法則」と箴言

ぺんたか
この記事は何だ。
どーゆー趣旨だ。
コンドーさん
まぁ、最近、知ったコトとか、考えたコトとかについてのオボエガキでっす。
ぺんたか
あっそ。
コンドーさん
そーそー。

 

 

コルチゾールで人を呪わば穴二つ

最近、ワイドショーやら何やらに出突っ張りの中野信子が書いた『脳科学から見た「祈り」』を再読。

本によれば、誰かを呪うようなことを考えると、ストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールが脳内で分泌されるらしい。

そしてコルチゾールは、脳内で記憶を司る「海馬」と呼ばれる部分を萎縮させるという。

ネガティブなことを考えていると、そのことが自分にも帰ってきて、自分自身を傷つけるという話だそうで。

この本にも書いてありますが、まさに「人を呪わば穴二つ」。

ご存知でしょうが、「穴」というのは墓穴のこと。

人を呪い殺そうとして墓穴を掘れば、自分にも報いがあるので穴は二つ必要だネ、という話。

要するに、「だから、ヤメとけ」という戒めの言葉です。

このことわざなども、まさに「引き寄せの法則」ですナ。

というか、そもそものコルチゾールの話が、そういう感じです。

何でもかんでも結びつけるつもりは、ありませんけど。

要するに、大事なポイントを言い当てているように感じるという話です。

 

「引き寄せの法則」と箴言

箴言というのは、名言、格言のこと。

昔から、多くの思索家が考えていたとみえ、引き寄せっぽいものはいくつもあります。

上の「人を呪わば・・・」は、箴言というよりことわざですが、まぁ、そんな感じのモノの一つ。

ニーチェが『善悪の彼岸』に書いた、

おまえが長く深淵を覗くなら、深淵もまたおまえを覗いているのだ。

という言葉も、「引き寄せの法則」の話だと言えます。

ニーチェの言葉は、いつもジメジメと湿度が高めで、大変よろしいと思います。

まるで梅毒にでも罹ったような気分にさせてくれますナ。

他にも、アランが『幸福論』で書いた、

幸福だから笑うのではない、笑うから幸福なのだ。

というのも、引き寄せの話と言えるでしょう。

アランはフランスの教師、哲学者、評論家で、これはペンネーム。

本名は、エミール=オーギュスト・シャルティエ

彼の『幸福論』は、「世界でもっとも美しい本の一つ」とも評されています。

ただし、そう言ったのは、アランの弟子のアンドレ・モーロワですが・・・。

最後にもう一つ、ハーバート・ベンソンというアメリカの医者が書いた『リメンバー・ウェルネス』という本に、セネカの言葉として、次のようなものがありました。

治りたいと望むこと自体が治ることの一部だ。

これも、引き寄せの話と思えるけれども、セネカのどの作品の言葉かが不明。

そのままだと孫引きになってしまうので、知りたいところ。

ところで昔、柄谷行人が「病から癒えようとすることは、それ自体、病の一部である」みたいなことを書いていたような記憶がある。

どの本かも忘れたし、うろ覚えなので、言葉は不正確ですが・・・。

いまさらながら、セネカが元ネタだったのかと思った次第。

ところで、ハーバート・ベンソンは、英語のウィキペディアによると「cardiologist」だそうで。

「cardiology」というのは、心臓病学のことらしく、要するに循環器系の医者だということのようでした。

ちなみに、「有酸素運動」って、「cardio exercise:カーディオ・エクササイズ」って言いますネ。

まぁ、あんまり関係ない話ですけど。

 

 

おまけの対話

ぺんたか
ふぅむ。
名言みたいなコトにも、「引き寄せの法則」っぽい話が出てくるって話ね?
コンドーさん
せやな。
ぺんたか
コレって、ニンゲンが考えがちなことみたいな話?
コンドーさん
まぁ、考えがちとゆーよりは、人間の性質、いわゆる「人性(じんせい)」ってやつでしょうね。
ぺんたか
人性でも人参でも何でもイイけど、なんでそーなるんかって話だよな、問題は。
コンドーさん
そーっすね。
完全に、憶測みたいな話になりますけど、考えてイキましょうか。
ぺんたか
はよせぇや。
コンドーさん
んー。
まずは、何かをやるコトと、それを自ら認識するコトってのがあるネ。
ぺんたか
んあ?
自分でヤッたコトを、自分自身でも「いまオレ、ヤッたよな」って思う、みたいな話?
コンドーさん
そースね。
ぺんたか
それが、ドーかしたか?
コンドーさん
まぁ、ミラーニューロンの記事にも書いたんだけど、自分以外のヒトがしたコトを認識するときに、それを自分でもシタ感じになるって話があるんわな。

 

マネと共感が成功を引き寄せる。「引き寄せの法則」とミラーニューロン

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ぺんたか
まさにそれが、ミラーニューロンのだいたいの意味じゃろ?
コンドーさん
うん。
で、コレって、「同じ行為なら、自分がするのだろうと、ヒトがするのを認識するのだろうと、一部だけど同じ回路を使ってる」ってコトだよネ。
ぺんたか
だからそれが、ミラーニューロンが発見されたってコトの意味じゃん?
コンドーさん
で、だ。
ちょっと拡大解釈すると、コレって、「自分が何かをシタときには、自分もそれをサレたようにも思う」って感じになるんじゃないかナ。
ぺんたか
んあ?
それは、拡大しすぎじゃねぇの?
コンドーさん
まぁね。
ぺんたか
オレは、そんな話にだまされねぇぞ。
コンドーさん
んー。
ちょっと話を整理することにしよう。
まずは、例えば、Aってヤツが別のBってヤツを叩いたとしよう。
それを見ていたとすると、「AがBを叩いた」という認識が生まれるワケだ。
ぺんたか
そら、そーだ。
コンドーさん
そして、「AがBを叩いた」というのは、「BがAに叩かれた」というコトでもある。
ぺんたか
たりめーだな。
コンドーさん
そのとき、自分は「AがBを叩いた」という行為を認識する中で、自分も誰かを叩いたようにも、自分が誰かから叩かれたようにも、少しだけだけど感じる。
ぺんたか
ふぅむ。
コンドーさん
これは、自分以外のヒトが誰かを叩いたときの認識だけど、自分が誰かを叩いたときにも、「あるヒトがあるヒトを叩いた」とは認識される。
ぺんたか
自分以外のヒトがヤッたときと、まったく同じではないだろうけど、ねぇ。
コンドーさん
まぁでも、やっぱりそーゆー感じの認識っつーのはあって、そのときには「自分が叩かれた」ようにも、多少はイメージされるんじゃないか、と、そんな話だ。
ぺんたか
なんつーか、自分の中の認識としても、「ヒトを叩いたからには、自分も叩かれても仕方がない」っつー感じの思いは生まれるかもな。
コンドーさん
それが、いわゆる「因果応報」って呼ばれてるヤツだし、気にしないようにしても、その一瞬のイメージというか、ニューロンの発火の記憶というか、そーゆーモノは消せないんじゃないか。
ぺんたか
ヤッたら、ヤリ返されるってか?
コンドーさん
つまり、ヒトを攻撃したり、モノを盗んだりってコトをするのは、そーゆー世界観の中に自分を投げ入れるコトでもあるっつー感じのコトだね。
ぺんたか
「オレも攻撃されちゃうかも」「ワタシも盗まれるかも」って感じ?
コンドーさん
そーゆー恐怖とか不安が、澱(おり)のように心の中に溜まっていくって感じがする。
ぺんたか
イヤだなぁ。
コンドーさん
「盗むべからず」ってのは、モーゼの十戒にもある基本中の基本とも言えるルールだけど、社会を安定させるだけじゃなくて、ヒトをさっきイッたような認識の地獄から救うための言葉であるとも言えるネ。
ぺんたか
認識の地獄?
コンドーさん
そーよ。
だって、「自分も攻撃されるかも」「自分も盗まれるかも」って怯えて暮らすその日常というのは、まさしく地獄であるだろうからサ。
ぺんたか
まさに、自業自得ってトコか。
コンドーさん
逆に言うと、ヒトに対してヤレた施しってーのは、すぐに返ってくるってコトでもあるネ。
ぺんたか
ヒトにイイ感じのコトをしたら、自分もそーされたようなキモチになれるってコトか。
コンドーさん
そーデス。
つまりは、実際にお返しがもらえなくても、もうヤッた時点ですでにトクをしてるってこった。
ぺんたか
そのうえ、たまにはお返しもあるだろうから、損するコトはないって感じ、って言いたいのか?
コンドーさん
そーゆー意味では、あらゆる施しってーのは、自分自身を祝福するコトでもあるワケだな。
ぺんたか
ほーん。
コンドーさん
まぁ、今回はこんな感じで・・・。
ちなみに、さっき出てきたアランの『幸福論』は、もし呼んでなかったら必読、な。
ぺんたか
ふーん。
そーなんや。
コンドーさん
せやで。
名著中の名著。

 

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