メモ

一時的メモ(2019.03)

 

ぺんたか
これって、何のコーナー?
コンドーさん
まぁ、いま研究中のネタについてのオボエガキってヤツだ。

 

2019.03.01 「望みを遠ざけているモノ」

 

多くの人が、叶えたいモノを夢見ていることだろう。

けれども、そうでありながら、その望む夢が現実になるのを、妨げてもいる。

今回は、そこのトコロについて、語ってみよう。

 

ほとんどの人が、無意識的に、夢を現実から遠ざけようとしている。

その結果として、夢が現実化しない。

これは、ホントの話だ。

 

例えば、「カネ持ちになりたい」という願望を持つ人は多いだろう。

でも、そんな人の多くは、カネ持ちになるというのが現実化するコトを、妨げてもいる。

 

ちょっと、考えてみて欲しい。

カネ持ちになったら、色んなコトが実現するだろう。

いままで買いたかったモノが、すべて買えるコトになる。

 

でも、重要なのは、ここからだ。

現実を見てみてみよう。

 

どんなにカネ持ちになったとしても、すべてが解決されるワケではない。

それもまた、真実であるハズだろう。

 

けれども、カネのない人間は、そうであって欲しくはない。

自分があこがれるモノであるのだから、ほとんどすべてが解決するような状態として、カネ持ちであるというコトをイメージする。

 

それは、あるいは自然なコトとも言えるかもしれない。

夢見るコトは、夢としてあって欲しいのであるからだ。

 

だが、それは現実ではない。

そしてまた、現実ではないコトを、自分でも分かっている。

 

分かってはいながら、そーゆーモノとして、カネ持ちをイメージはしていない。

なんとなく、ぼやっとした、望ましいイメージとしてしか、カネ持ちってモノを想像していない。

問題は、そこにある。

 

カネ持ちになっても、生活は続く。

解決されない問題も、たくさん残る。

そこを意識するのが、大切なんだ。

 

それが欠けていると、カネ持ちのイメージが、自分に馴染むコトがないからだ。

ストンと、腑に落ちるコトがないからだ。

 

結果として、自分の心にしっくり来るようなイメージになるコトがないので、現実化に近づくコトもない。

つまりは、そーゆーコトだ。

 

だから言ってみれば、望ましい状態をある程度、現実の範囲にまで引き下げる必要がある。

当然ながら、「現実の範囲」とは言っても「一億稼ぐのはムリだから、一千万にしておけ」という話ではない。

 

そーではなく、「どんだけカネを持ったとしても、自分の生活の中には、いまと変わらない部分があるコトも意識しろ」という話だ。

もちろん、大金が転がり込めば、生活は一変するとも言える。

それでも、やはり、たいして変わりはしないとも考えられる。

 

その変わらない部分、いずれにしてもただの生活である他ない部分にも、ちゃんとフォーカスを当てろという話だ。

それが、現実に引き下げるというコトの意味だ。

そして、それによって徒な夢であるようなイメージを殺すというコトだ。

 

そのうえで、望ましい状態のイメージを楽しむのである。

それでこそ、リアリティが増してくるからだ。

 

コレが、大事なポイントである。

すでに書いたとおり、そーゆー現実的な目がなく、ただのぼんやりしたイメージのままだと、自分がそれに乗っかれない。

だから、現実化も、いつまでも近づいてこない。

 

っつーこった。

分かったかね?

 

 

2019.03.08 「「タバスコとパイ」のたとえ話」

 引き寄せの法則に関係して、ヒックスおばさんがおもろいたとえ話をしていて、いつも思い出すので、書いておこうと思った。

「タバスコとパイ」のたとえ話。

該当部分を、ちょっと引用してみる。

 

「このキッチンにはタバスコがある。わたしのパイにタバスコが混じってしまうよ」 P396

「キッチンにあるから、わたしのパイに混じるかもしれない。キッチンになければずっと安心なんだ P397
「ほら、わたしのパイに混じっちゃった!だから言ったじゃないか。 P397

そこでわたしたちは言うのです。キッチンにタバスコがあるからパイに混じったのではありません。あなたがタバスコから目が放せなかったから、だから混じったのです。 P397

 

何の話か、分かりづらいかもしれないデスな。

実際は、本を読んでもわりと分かりづらいんですが。

 

まず、パイってのは、他の本でアップルパイだとされている。

いや、ソコはかなりドーでもイイんだが。

で、まぁ、だいたいの流れは、こんな感じだろう。

 

アナタは、アップルパイを焼き上げる。

すると、キッチンの戸棚に、憎むべきタバスコが入っているのを思い出す。

 

「コレはイカン。せっかくのパイに、タバスコが混じってしまうかもしれない。」

そう思って、別の場所へ移動しようと戸棚からタバスコを取り出し、こう叫ぶ。

「コレがダメなんだ!こんなモノは、ちゃんと別の場所に移動させなくては!」

 

力説しながら、アナタは握りしめたタバスコを振り回す。

すると、手からタバスコの瓶が滑り落ちる。

 

そしてそれは、パイの上に落ちて、瓶のフタもその衝撃で外れてしまう。

結局、タバスコは見事に焼きたてのパイにかかってしまう。

あーあ。

 

・・・。

とまぁ、こんな感じ。

 

タバスコに意識を向けなければ、当然、タバスコは戸棚にしまわれたままだ。

パイにかかってしまうコトもない。

 

こんな風にして、余計なコトをイメージして、望まない結果を生み出してしまっている。

それが、多くの人間の姿だ。

という話デスな。

 

「タバスコとパイ」だから、笑い話になる。

でも、余計なコトをしてドツボにはまってる人間ってぇのは、だいたいこんなようなもんだ。

 

とも言える。

じゃあ、ドーしたらイイのか。

 

おいしいパイだけに意識を集中して・・・

おいしくいただけば、イイのである。

あはー。

 

「タバスコとパイ」のたとえ話。

覚えておいて。

ほんじゃ、また次回。

 

 

2019.03.26 「残酷すぎる「引き寄せの法則」批判の真実(1)」

 「引き寄せの法則」は、脳に悪影響を及ぼすそうだ。

何の話かと言えば、エリック・バーカーの『残酷すぎる成功法則』という本に書かれた内容についてである。

 

この本には、こんなコトが書かれている。

夢見ることは、あなたの望みを実現しないばかりか、欲しいものを手に入れるチャンスをも遠ざけてしまう。いやいや、「ザ・シークレット」(欲しいものについて考え続ければ手に入れられるとする「引き寄せの法則」の知識と実践を意味する言葉)は効かないのだ。P158

 

で、その根拠として、ニューヨーク大学のガブリエル・エッティンゲンによる研究が示されている。

エッティンゲンの実験などから、

何かを夢見ると、脳の灰白質はすでに望みのものを手に入れたと勘違いしてしまうので、自分を奮い立たせ、目標を成し遂げるのに必要な脂質を集結させなくなってしまう。P159

と、エリック・バーカーは書いている。

 

個人的に、この本を「ほぉーん?」とか「ふふーん?」とか言いながら、読んだ。

で、こんなコトを書かれては、その詳しい内容を確認せずにはおられない。

 

ので、ガブリエル・エッティンゲンの本も入手してみた。

『成功するにはポジティブ思考を捨てなさい 願望を実行計画に買えるWOOPの法則』である。

 

バーカーの本にも書かれているのだが、エッティンゲンによれば、願望実現のためにより勧められる方法は、「願い(Wish)、成果(Outcome)、障害(Obstacle)、計画(Plan)」の手順に従うコトであるらしい。

つまり、「願うモノがなんであるかをイメージし、その結果を考え、そこで障害になるだろうモノを想像してから、計画を立てる」という手順である。

 

さて、「引き寄せの法則」を長年に渡り研究してきたコンドーさんとしては、これらの主張について、ドー考えるか。

ぜし、書いてイキたいと思う。

 

まず気になる点は、エッティンゲンの本には、おそらく「引き寄せの法則」という言葉は出てきていないという点だ。

何度か探してみたが、少なくともこの本には「引き寄せの法則」は登場していないように思う。

そして、エッティンゲンが実際に引き合いに出しているのは、いわゆる「ポジティブ思考」である。

 

例えば、こんな感じのコトが書かれている。

20年にわたる研究でさまざまな被験者、状況、そして手法で再現された結果をふまえると、「思考は現実になる」「願えば目標は達成できる」というポジティブな空想にふけり、それこそが成功への道だと思えというのは、まちがったアドバイスである。P39

 

なので、おそらくだが、エッティンゲンの主張と「引き寄せの法則」を結びつけたのは、バーカーではないかと思われる。

バーカーにとっては、「引き寄せの法則」は「ポジティブ思考」の一種であって、エッティンゲンによって「ポジティブ思考」が否定されたのだから、「引き寄せの法則」も当然に否定されたのだと思った、という風に感じられるってワケだ。

 

あるいは、エッティンゲンもまた、自身の研究によって「引き寄せの法則」が否定されたと、どこかで主張しているのかもしれない。

ただ、いずれにしても「ポジティブ思考」と「引き寄せの法則」とは、別のモノだ。

 

そして、その点がまた、エッティンゲンが開発したWOOPという手法が「なぜうまくいくのか」にも深く関係しているのである。

その辺りがオモロイと言えばオモロイのだが、ちょっと長くなったので、続きはまた次回。

 

 

2019.03.26 「残酷すぎる「引き寄せの法則」批判の真実(2)」

 さて、続きを書いて参ろう。

前回は、エリック・バーカーがガブリエル・エッティンゲンの研究から、「引き寄せの法則」はよろしくない、と書いてるってのを紹介した。

そして、コンドーさんからの反論の端緒としては、エッティンゲンが批判しているのは「ポジティブ思考」であって、「引き寄せの法則」ではないだろうというトコロまで書いた。

 

んなワケで、まずは、「ポジティブ思考」と「引き寄せの法則」の違いである。

すでに、この記事で・・・

「引き寄せの法則」とポジティブシンキング(積極思考)との違い

書いているのだが、違いは「何を重んじるか」という点にある。

 

「ポジティブシンキング」ってのは、「とにかく前向きな解釈を採用しろ」って考え方だ。

一方、「引き寄せの法則」は、「とにかく感情がアガる考えを採用しろ」って話であーる。

 

表現を換えてみよう。

どう感じようが、形式的にポジティブな考えであればイイってのが、「ポジティブ思考」だ。

形式的にはどんな表現であろうが、気持ちがポジティブになる考えであればイイってのが、「引き寄せの法則」の考え方だ。

 

まったく違う。

通じてるだろうか?

 

一つ、例を挙げよう。

コップに入った半分の水を見て、「もう半分しかない」と思うんじゃなくて、「まだ半分ある」と考えろっていうのが、「ポジティブ思考」だ。

一方、「まだ半分ある」と考えたときと「もう半分しかない」と考えたときで、どっちが気分がアガるかを見て、アガる方を採用しろってのが「引き寄せの法則」だ。

 

もしかすると、アナタは「もう半分しかないって考えたときに、気分がアガるコトなんてねぇべや」と思うかもしれない。

でも、「オレってちゃんと現実を見てるよな」と思って、「まだ半分ある」とムリに強がるよりも気分がアガるってコトは、十分に考えられる。

で、この違いにこそ、エッティンゲンご自慢の「WOOPの法則」がなぜうまくいくのかの秘密も隠されているのであーる。

 

エッティンゲンは「ポジティブ思考」のダメさを、次のように説明している。

将来についてポジティブに夢見る人は---つまり、おそらく人はみな---自分自身を二重に拘束する。知らないうちに気がゆるみ、心がだまされて願いはかなったものと思い込む。しかしその一方、ポジティブな夢のせいで現実の認知力がしばられてしまう。P83

その結果しばしばフラストレーションを感じ、失敗し、極端な場合は根強い行き詰まり感が生まれる。P84

この文章からも、「引き寄せの法則」とは別の話をしている、ってコトが見て取れる。

なぜなら、フラストレーションを感じるような考え方を、「引き寄せの法則」では採用するハズがないからだ。

 

という感じで、まだ説明の入り口なんだが・・・

また長くなったので、次回。

 

 

2019.03.29 「残酷すぎる「引き寄せの法則」批判の真実(3)」

  

さて、このネタについては三回目だが・・・

前回までの話は、端折って、すぐに本題に入ろう。

 

すでに書いたようにエッティンゲンは、願望実現のためにWOOPという手法をオススメしている。

それは、「願い(Wish)、成果(Outcome)、障害(Obstacle)、計画(Plan)」の順番で考えるっつー方法だ。

つまり、「願うモノがなんであるかをイメージし、その結果を考え、そこで障害になるだろうモノを想像してから、計画を立てる」ってワケだ。

 

そして実際、ただやみくもにポジティブなコトをイメージしたとき、つまりポジティブ思考を採用したときよりも、結果がよくなったというコトを実験で示している。

では、なぜコレがうまくイクのか、分かるだろうか?

 

それは、すでに書いた「コップの水」の例と同じように、「障害(Obstacle)」を考えた方が、気分がアガる場合があるからだ。

そして、実際、そーゆー風に、「ちゃんと現実から目を逸らさずにいる」って方が、多くの場合に気分がアガるからだ。

 

ポジティブ思考は、やみくもに形式的なポジティブさを重視する。

エッティンゲンの言うとおり、確かにそれは、うまくいかないコトが多い。

 

なぜなら、自分のエス(無意識)が、「そだねー」とイッていないからだ。

何事につけ、成功をさせるためには、エスの同意を取り付けなければならない。

 

そして、そのための方法が「引き寄せの法則」であるとも言える。

つまり、エッティンゲンが「WOOP!WOOP!」と言いながらヤッているコトってぇのは、「引き寄せの法則」の実践である、とさえ言えるのであーる。

 

とは言え、おそらくだが、すでに書いたとおり、そもそもエッティンゲンは「引き寄せの法則」を引き合いには出していない。

それをしたのは、たぶんエリック・バーカーの方である。

 

けれども、バーカーは「引き寄せの法則」を理解していない。

実際、すでに引用したとおり、下の本で、バーカーは「引き寄せの法則」を「欲しいものについて考え続ければ手に入れられるとする(P158)」モノと説明している。

 

これは、とりあえず、ざっくりと説明しただけとも考えられるが、ゼンゼンなってない説明だ。

ぜし、反省していただきたい。

 

「引き寄せの法則」は、ただ「欲しいものについて考え続ければ手に入れられるとする」などとは、主張していない。

重要なのは、そういう「イメージ」と、「感情」がセットになるコトだ。

そのときに初めて、現実化のプロセスが動き出すのであーる。

 

人は往々にして、このように「アイツがイッてるのはたぶん、○○○っていう意味なんだろう」と考え、その前提が間違っているにも関わらず、「だとしたら、それは間違ってるゾ!」と言いがちである。

その点は、「他山の石」としたいトコロである。

 

とどのつまり、このバーカーが、聞きかじりのバーカーであるコトがバレてしまったってワケだ。

とは言え、「引き寄せの法則」自体が、「何を主張するものであるか」が曖昧なトコロはあるので、そーゆー意味では致し方ないとは言えるだろう。

 

そんなワケで、とても長くなったが、「引き寄せの法則」批判の批判はコレでおしまい。

基本的な理解として、すでに書いたとおり「引き寄せの法則」は「イメージ」と「感情」がセットになったときに現実化が起こる、という考えだというコトを忘れずにいれば、今回のような批判にも対処できるモノと思う。

ので、少なくともその点は、いつも忘れないでネ!(白目)

 

 

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