「引き寄せの法則」研究所

書評・レビュー:『引き寄せの法則 すべての願いが現実になる』ウィリアム・W・アトキンソン、林 陽訳(KKベストセラーズ)

「引き寄せの法則」ブームの火付け役で知られる『ザ・シークレット』を著したロンダ・バーンにも大きな影響を与えたと言われる、ウィリアム・ウォーカー・アトキンソンによるアトキンソン版の「引き寄せの法則」です。

原著の出版は、1906年となっています。

なお引用については、特別に記してある以外、『引き寄せの法則 すべての願いが現実になる』ウィリアム・W・アトキンソン、林 陽訳(KKベストセラーズ、2007)によっています。

 

「引き寄せの法則」の章について

この章では、「引き寄せの法則」と念についての説明がなされています。

宇宙の法は「引き寄せの法則」であり、人間が念ずるときに生じる波があって、その性格に応じて様々なものが引き寄せられるという話です。

念の波動について説明されていますが、なぜ念が出るか、なぜ引き寄せられるかについては説明されていません。

念波について「性格」という表現があり、具体的にどういう性格があるのかが不明ですが、その点についても詳しい説明はありません。

論調としては、言うまでもない話で、すでに明らかだという風です。

実際、霊にしても来世にしても、あるに決まっていると思っている人間の頭の中には、確かに存在しているというようにも言えます。

しかし、それでは説明としては成り立っていません。

 

「念が念を作り出す」の章について

本章では、「引き寄せの法則」関連の書籍によく登場する考えがいくつか紹介されています。

具体的には、現状は自分の考えが生み出したものであることや、望ましい心の態度がよい結果を引き寄せるといったものです。

「できる」と熱心に宣言せよという、アファメーションを勧めるような言葉も見られます。

また、熱心・積極などの表現が多く登場し、精神論的なものを感じさせます。

「意志力」という本書のキーワードとも言える言葉が登場しており、これによって自らを高められるということのようです。

 

「心を改造する」の章について

真我を肯定せよとされていますが、「真我」というのがいかなるものなのかについては説明がありません。

それが何なのかを知らずに「真我」の支配についてのアファメーションを行っても、効果は見込めそうもないように思われます。

無論、「本当の自分」という意味かとは思われますが、著者としてそれをどう捉えているかを示さずに、当然に価値あるものと前提している書きぶりは独善的と言わざるを得ません。

また、低い自分を治めよと主張されていますが、そもそも「低い」という表現が何を意味しているのかについて明示的な説明はなされていません。

しかし、前章の内容からすると、「高い」=「積極的」、「低い」=「消極的」と解することができそうです。

「低い心は高い心で退治せよ」、「不安なときには勇気を断言せよ」という内容は、ただの精神論と受け取られかねない表現です。

自らの信じていることを断定的に語っているのみで、全体的に大雑把であり、説明が足りない印象を強く感じる内容となっています。

 

「意志力を引き出す」の章について

自己暗示によって心の訓練ができると主張されていますが、その点にはある程度は同意ができます。

しかし、「不愉快な仕事をする」ことによって心を鍛えるという方法には、疑問を感じざるを得ません。

「特に不愉快なこと」を毎日するとなれば、毎日を不愉快な気分ですごすことになるのが当然で、そうした心が引き寄せるものは決まっています。

それは、意志力を得たことで感じる達成感などではなく、続いて起こる新たな不愉快な気持ちや出来事ということになる筈です。

なぜなら、それが「引き寄せの法則」だからです。

つまり、不愉快な気持ちを抱き続けてすごせば、新たな不愉快な気持ちと不愉快な出来事が引き寄せられるということです。

けれども著者は、この訓練が嫌ならばそれは意志力を求めてなどいないことを意味するとし、「いまのまま、弱者であることに満足すべき」と切って捨てています。

著者の訓練が受け入れられるのは、その内容を見て、「これこそが私の心を鍛えてくれるものだ」と積極的に感じられる者だけです。

この章の主張には、著者が自己の思想を絶対視しているような危うさが見受けられます。

それよりも何よりも、重要なのは、「自分が本当に何をしたいのか」の方です。

それが分かれば、訓練などせずとも自ずと行動がなされ、意志力も生じてくるからです。

しかし、それをいかにして見つけるかについては、何も語られていません。

章全体としても、本当の願望が分かれば意志力は供給されると言いながら、心の訓練で意志力が強められると主張しているところから、議論が混乱している印象があります。

 

「恐怖を駆逐する」の章について

恐怖こそがその恐れているものを引き寄せるため、勇気を語り行うことで克服し、「できる、やれる」と考えて行動せよという主張がなされています。

ここでもやはり、説教調の精神論が展開されています。

確かに、「できる、やれる」と繰り返しイメージすることが実現を引き寄せるという主張は、完全な間違いだとは言えません。

しかしそのことが成り立つためには、イメージした本人の感情がどのようであるかが鍵になります。

つまり、「できる、やれる」とイメージすることによって心が奮い立ち、気分が高揚するのならばプラスに働くということです。

逆にそのイメージによって、「こんなものはただの精神論にすぎない」と感じたならばマイナスにしか働かないのです。

著者は、「できる、やれる」とイメージすれば、すべての人がポジティブな気持ちになるのが当然だと考えているように思われます。

しかし、それは必ずしも正しくありません。

百歩譲って、繰り返し「できる、やれる」と考え行動すれば、ポジティブにもなれるかもしれません。

けれども、そもそもその繰り返しができない心情というものがあって、問題はまさにそこにある訳です。

 

「消極的な念を相殺する」の章について

新たに語られていることは、「願望を明確にすることの重要性」、「代価が求められているということ」、「心の排他的な性質」の3つです。

一つめの願望の明確化ですが、何をもって明確とするのかは、書かれていません。

「積極的なのが良い」「低いものは良くない」というように具体性がなく、さながら「きちんとやるのが大事」という類の政治家による答弁のようです。

願望を明確にするというのは、例えば、ただ「金持ちになる」というのではなく、日付や額を決めて、「いつまでに、いくらの金を得る」という風にすべきという話かもしれません。

あるいは、願望は詳細であることが良いということを意味しているのかもしれません。

しかし、詳細なのが良いとも限らず、気分が良くなる範囲で行うべきとする意見もあります。

実際、ヒックス夫妻による「引き寄せの法則」の書籍の中では、そのように語られています。

理由としては、目指している理想的な状態についてまだあまり知らない状態でイメージをして、詳細な部分が分からないことによって不安や焦りを感じてしまうと、ネガティブな気持ちが生じてしまうからです。

さて、新たに語られている内容、二つめの「代価」についてですが、これもまた他の「引き寄せの法則」関連の本の多くとは、考え方が違います。

「高い実現のために低い願望を捨てよ」とされていますが、一般的には、「高い」「低い」というような物差しは登場しません。

そもそも、ここで筆者が述べている「高い実現」や「低い願望」とは、何のことを言っているのでしょうか。

例えば、「高い実現」とは博愛的な行動や自己実現、「低い願望」とは怠惰や暴食といったことであるかもしれません。

いずれにせよ著者は、そのような倫理的な序列を前提としているように思えます。

そして、「心を鍛え、意志力を使えば、誰でも高みに到達できる」と言っているようです。

しかし、著者の思うが高みが、すべての人間にマッチしたものであるかは、非常に疑問です。

このような、著者の前提としている価値観を押し付けられている点が、しばしば感じられる説教臭さの理由だと言えるでしょう。

ヒックス夫妻版の「引き寄せの法則」では、多様性が重要であり、人それぞれであることが肯定されています。

そして、そのことが「許容し可能にする術」という最重要の考え方につながっています。

つまり、何らかの価値観を押し付けること自体を否定している訳です。

ヒックス夫妻による説明がすべて正しいということではありませんが、本書には説明の粗い部分が多く、その点が本書の内容の古さを感じさせる部分でもあります。

 

「集中力を使って心を制御する」の章について

何に意識を向けるかが最重要、という内容の章です。

実際、これは「引き寄せの法則」の要点であるとは言えます。

しかし、集中力と言うと、短い期間に何かに没入するようなイメージを持つかもしれません。

実際には、ポジティブな気分にさせてくれるものに目先を変えることと、繰り返しイメージすることが鍵だと思われます。

なぜかと言えば、そのような訓練によってこそ、無意識に影響を与えられるからです。

また、「十分に念を凝らすことが、問題解決をもたらす」としていますが、十分に念を凝らすことができるというのは、逆に結果と見るべきだろうと思われます。

つまり自分自身に適した願望を持ち、それを意識し続ければ、結果として自ずと集中力が発揮された状態になるということです。

著者の言うような意志力によって強い集中力を実現するのは、多くの場合においてかなりの困難を伴うと思われ、もっと言えば、ほとんど無理ではないかと考えます。

なぜかと言えば、最終的にどの願望が満たされるべきかを選ぶのは意志ではなく、無意識の側だからです。

 

「生命力を注ぐ自己訓練法」の章について

著者は、「集中せよ、真剣になれ」という説教が好きなようです。

確かに、紹介されている「私は真に生きている!」というようなアファメーションは、実際に行うと次第に充実感を得るようになるかもしれません。

しかし著者の説教に辟易して、実行できない人も少なからずいることでしょう。

重要なのは、どうしたら集中できるかであり、またどうしたら真剣になれるかという点です。

そのために示されている具体的な方法として、アファメーションやビジュアライゼーションがあるのだと捉えることができます。

しかし、それらが持つ強い力が説明されていないため、重要性が理解されるかについては疑問に感じざるを得ません。

 

「積極的な心の習慣を作り出す」の章について

本章では、無意識の強力さやそれに影響を与える習慣についての考え方が示されています。

無意識は習慣的であるという指摘は、正しいものではありますが、かなり大雑把なものでしかありません。

例えば、自転車に乗る練習を繰り返し行う習慣によって、乗る感覚が刷り込まれ、無意識化します。

無意識化された行為は、繰り返し取り出すことが可能で、それが習慣的に働く訳です。

つまり、まず習慣的な言動が無意識を作り、その後で無意識化されたものが習慣的に働くのです。

無意識が習慣的であるということには、これら二つの意味合いがあります。

そのような無意識化された習慣は、しかし多くの場合、惰性で過ごされる無自覚的な日常によって作られます。

家に帰ったら何となく電源をつけ、何時間もテレビを見てしまうといったような習慣が、まさにそれです。

ちなみにテレビの目的は、視聴者に便利であったり、楽しかったりする情報を届けることではありません。

それは副次的な機能であって、第一の目的は消費社会の中で、視聴者の頭の中に「欲しいもの」を作るということにあります。

まさに、「悪習慣には、つねに警戒が必要」という訳です。

では、どういうものが「正しい習慣」なのでしょうか。

その一つの答えとして示されているのが、「習慣にしたいこと」を選ぶという方法です。

しかし著者の書きぶりからは、「このようにすれば、ほとんどの人が私が正しいと思うのと同じものを選ぶ筈だ」と考えているかのような印象があります。

ただし、どのようなことを習慣にしているのであれ、「これを習慣にすることを本当に私は望むのか」という疑問を持ってみることが重要であるのは、間違いのないところでしょう。

 

「感情をコントロールする」の章について

感情は習慣の影響を強く受けること、消極的な感情には消えるべきことを命ずるべきであるといったことが主張されています。

しかし、ここで説明されている内容には、マイナスの効果をもたらしかねない危険なものが含まれています。

消極的な感情に「消えろ!」と言うのは、それに注意を払っているということを意味します。

「引き寄せの法則」から考えれば、そうした言動はより多くの消極的な感情を引き寄せる結果に繋がることになります。

多くの場合において、消極的な感情をまさに味わいながら言うことになるでしょうから、かなりの頻度で現実化してしまう、非常に問題のある教えになっている訳です

そのため、若干の注釈を加えておきたいと思います。

重要なポイントは、プラスの内容を現実化させるためには、プラスの感情とともにイメージを持つという点にあります。

ですから、ここに書かれた例で言えば、「マイナスの感情などには負けない自分」を肯定的な感情とともにイメージすることがポイントになります。

要するに、「消えろ!」というのは雄々しく言うべきであって、苛立ちや悲しみを抱きながら言うべきではないというような話です。

著者の書きぶりでは、そのような微妙ではあるけれども非常に重要な視点が理解されない恐れがあるものと思われます。

一方、明るいの態度がより一層の明るい心を引き寄せるという主張については、そのままで「引き寄せの法則」に沿った内容となっています。

また、「感情は繰り返しによって強まる」という主張に関しては、習慣が脳を作り変えるという、いわゆる「脳の可塑性」についての指摘と捉えることができます。

 

「眠れる脳細胞を目覚めさせる」の章について

憎悪には愛を培うことで、また憂鬱には楽しいものの見方を培うことで、それらを克服せよといった主張がなされています。

「心掛けが大事」といった類の精神論を語っているようでもありますが、心が持っている性質を利用することを勧めているものと思われます。

その性質とは、「一つのことに意識を集中すると、それ以外のものが排除される」というものです。

実際、悲しみを追い出すためには、楽しいことに意識を向けることが有効と言えば有効です。

しかし、著者の書いているような「ポジティブに考えて行動に移せ」という内容では、そういう気持ちになれない人間にとっては、何のアドバイスにもなりません。

積極的な念が消極的な念よりも力が大きいとされていますが、多くの人は前者よりも後者の方を抱える頻度が圧倒的に高いことでしょう。

それこそが心の習慣であって、変えていくべき対象と言えます。

しかしポジティブさは、思いついてすぐに会得できるようなものではありません。

つまり、「ポジティブに行こう」という考えはエゴ(意識)のものであって、エス(無意識)が同意しているとは限らないということです。

そのための方法が、著者の言うような「努めるのです」ということでは、話にならないと思う人が少なくないものと考えます。

要するに、読者の気持ちに寄り添うような気持ちが希薄であると感じられるということです。

 

「願望力を動かす」の章について

念を凝らし夢中になるが成功の鍵だといった内容の章です。

一心に力を注げば、成功の確率が上がることは誰でも知っていることです。

しかし、意図的に念を凝らしたところで長続きなどしないこともまた、知られているところではないでしょうか。

ですから問題は、いかにして夢中になり、情熱を燃やすかという点にあると言えます。

その点について著者は、自分が提供するものの価値に気づくことで解決できたと記しています。

つまりは、「まずもって自らが価値のある仕事をしている必要がある」という考えと解することができそうです。

あるいは、「どんな仕事をしていようと、その価値をつねに見直し、見出し続けることが重要」ということなのかもしれません。

その他、「願望がすでに実現したものと考えよ」という「引き寄せの法則」でよく語られる非常に重要なポイントが出てきています。

この点が大事なのは、当研究所では次のように考えます。

つまり、「無意識が現実とイメージを区別できないため、すでに起こったものとして想像することで、それにマッチした思考や行動の様式・パターンを自動的に模索し始め、問題解決をもたらされる」ということです。

 

「宇宙の原動力を動かす」の章について

集中力を浪費せず、重要な仕事のために蓄えておくべきことが主張されています。

著者の好きな「集中」についての補足ということになるでしょうか。

注力のためには分散させず無駄にせずが肝要、ということかと思われます。

しかし、「引き寄せの法則」とはあまり関わりのない、仕事についての一般的なアドバイスのようにも見えます。

著者のアトキンソンにとっては、とにかく「そのことで頭が一杯」という状態になるほど集中することが重大なポイントであるようです。

しかし、当研究所の考えでは無意識の力を利用することが重要と見ますから、とにかく集中すべきという主張には同意できません。

理由はもちろん、「集中しよう」という考えは、まさに意識(エゴ)の働きの話であるからです。

しかし集中を実現させるものは、無意識(エス)の力によるものです。

つまり、無意識を集中を可能にするために間接的に調整する働きを持つのが意識だということであり、直接的に意識によって強く継続的な集中を実現することはできない、という話です。

 

「望みは大きくもて」の章について

この章で主張されている「大きな望みが大きな結果をもたらす」というのは、「引き寄せの法則」の基本的な考え方に沿ったものです。

実際、どんなに偉い立場でも、どんなに魅力的な相手でも、どんなに高価なものでも、自分は値し、自分こそがそれに相応しいと考えるような自己暗示は、非常に有効だと思われます。

逆に言うなら、自分には相応しくないと考える心が、チャンスを逃す原因になっているということです。

そういう事態をもたらす要因は、大きく言って二つのものがあるだろうと思われます。

一つは、「謙譲の美徳」という教えを受け、育てられているという点です。

もう一つは、「現状維持」を望む強い心的傾向があるという点です。

他にもあるとしても、これらだけでも願望をシュリンクさせるには十分なものと言えます。

一般的な傾向として、人はこじんまりとした常識的な考えに閉じ込められやすいため、意識的に大きく捉え考えていくことが非常に重要だ、と言える訳です。

なお、あなたは「すべてのもの」の表れだとする表現が出てきていますが、この「すべてのもの」という表現は、ワトルズ版の「引き寄せの法則」に登場する「宇宙一元論」的なものと言えるでしょう。

 

「宇宙の法に一致する」の章について

この章では、人の上に漂う「空気」などの無意識的なものによって、人が強く影響を受けるということが主張さています。

最後の章になって、重要なポイントが出てきたと言えるでしょう。

それはつまり、「引き寄せの法則」を利用すると、他人に強く影響を与えることができるという点です。

笑顔やあくびが伝染しやすいことは、誰でも知っていることです。

そのことから、笑顔でいることで周囲を明るくして、自分の心も明るくなると考えることができます。

実際、そのとおりに実行している人も、それほど多くはないかもしれませんが、きっといることでしょう。

しかし、同じことを勇気や自信の点において行おうと考える人は、ほとんどいないのではないでしょうか。

つまり、自信にあふれた態度は周りの人の自信までも高め、それがまた、より一層自分を力づけてくれるように働くということです。

「宇宙」や「波動」などと言って分かったような分からないような説明をするより、こうした人間的事実の方が、もっとずっと重要なのではないでしょうか。

 

解題

本書は、著者ウィリアム・M・アトキンソンによって、アトキンソン版の「引き寄せの法則」について書かれたものです。

つまり、それぞれの著者によって、「引き寄せの法則」の説明は違っているということです。

アトキンソン版の「引き寄せの法則」について、目立った特徴と言えば、意志力・集中力の重要性を大変に強調している点だと言えるでしょう。

また、「高い」「低い」といった表現も、たびたび使用されています。

そもそも、「引き寄せの法則」は、ニューソートの流れを汲むものです。

ニューソートについては関連書籍のレビューがコチラにありますが、『眠りながら成功する』などを著したジョセフ・マーフィーや『思考は現実化する』で知られるナポレオン・ヒルなど、成功哲学の多くがその影響を強く受けています。

ニューソートは、キリスト教の一派であるため、「高い」「低い」といった倫理観のようなものが見え隠れするのも、その辺りに原因があるようにも思われます。

つまり、「一心に神を信じ、正しいことを行う高い心を持ちなさい」との意味合いを感じさせるということです。

本書の説教臭さも、原因はそこにあるのかもしれません。

執拗とも言えるほど強調されている「意志力」や「高さ」ですが、一般的に「引き寄せの法則」で説かれるところの以下の内容も、軽くしか触れられていないものも多いとは言え、それなりに網羅して書かれています。

しかし残念ながら、アトキンソン版の「引き寄せの法則」は説明が一方的で、「強く思うことで問題を克服せよ」という精神論と取られかねない書きぶりには、かなり問題があります。

中でも、「不愉快なことを毎日やって心を鍛える」や「力を浪費させず一点に集中する」といった教えには、うんざりする人も少なくないことでしょう。

結論として言うならば、当研究所では本書をあまりお勧めしません。

理由はすでに述べたとおり、「引き寄せの法則」の重要なポイントについて軽く触れられる程度の点が多く、著者の独善的な価値観に重きが置かれているように思われるためです。

思いや心の態度がすべてを解決するという主張をするだけでは、たとえそれが間違いではなくとも、それを糧にゴールにたどり着く人はほとんどいないことだろうと思います。

本を著す以上、大事だと思うことを示すだけでなく、いかにしてそこに導くかが重要であるということです。

 

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