書評・レビュー

書評・レビュー:『引き寄せの法則 すべての願いが現実になる』ウィリアム・W・アトキンソン、林 陽訳(KKベストセラーズ)

更新日:

コンドーさん
はいはい、今回はアトキンソン版の『引き寄せの法則』のレビューです。
ぺんたか
「引き寄せの法則」って、色んなヤツが本を出してるのな。

 

「引き寄せの法則」ブームの火付け役で知られる『ザ・シークレット』を著したロンダ・バーンにも大きな影響を与えたと言われる、ウィリアム・ウォーカー・アトキンソンによるアトキンソン版の「引き寄せの法則」です。

原著の出版は、1906年となっています。

以下の引用については、特別に記してある以外、『引き寄せの法則 すべての願いが現実になる』ウィリアム・W・アトキンソン、林 陽訳(KKベストセラーズ、2007)によっています。

 

「引き寄せの法則」の章について

この章では、「引き寄せの法則」と念についての説明がなされています。

宇宙の法は「引き寄せの法則」であり、人間が念ずるときに生じる波があって、その性格に応じて様々なものが引き寄せられるという話です。

念の波動について説明されていますが、なぜ念が出るか、なぜ引き寄せられるかについては説明されていません。

念波について「性格」という表現があると説明していますが、具体的にどういう性格があるのかが不明で、その点についての詳しい説明はありません。

全体的な論調としては、「言うまでもない話で、すでに明らかだ」という風です。

実際、霊にしても来世にしても、あるに決まっていると思っている人間の頭の中には、確かに存在しているというようにも言えます。

しかし、それでは説明としては成り立っていません。

ぺんたか
念波!?
ネンパってなんだよ、街で女の子に声をかけるコトかよ。
コンドーさん
それナンパな。

 

 

「念が念を作り出す」の章について

本章では、「引き寄せの法則」関連の書籍によく登場する考えがいくつか紹介されています。

具体的には、現状は自分の考えが生み出したものであることや、望ましい心の態度がよい結果を引き寄せるといったものです。

「できる」と熱心に宣言せよという、アファメーションを勧めるような言葉も見られます。

ちなみにアファメーションとは、自分自身に対してする肯定的な宣言というような意味合いの言葉です。

例えば、「すべてがうまく行っている」というようなものです。

また、「ツイてる」「絶好調」というようなことを口癖にするのも、一種のアファメーションと言えるでしょう。

本章では、「熱心」「積極」などの表現が多く登場し、精神論的なものを感じさせます。

「意志力」という本書のキーワードとも言える言葉が登場しており、これによって自らを高めることができるということを主張しているようです。

ぺんたか
積極的に熱心にヤレばイイよね、とか。
コレって、何かを言ってることになるのかよ。
コンドーさん
まぁ、とりあえずは、「そういうポジティブな心の態度が、メッチャ大事やねんでぇ」って言いたいんじゃないの?

 

 

「心を改造する」の章について

「真我を肯定せよ」とされていますが、「真我」というのがいかなるものなのかについては説明がありません。

それが何なのかを知らずに「真我」の支配についてのアファメーションを行っても、効果は見込めそうもないように思われます。

もちろん「本当の自分」という意味だと思われますが、著者としてそれをどう捉えているかを示さずに、当然に価値あるものと前提している書きぶりは、独りよがりな部分があると言わざるを得ません。

また、「低い自分を治めよ」と主張されていますが、そもそも「低い」という表現が何を意味しているのかについては説明されていません。

ただし前章の内容からすると、「高い」=「積極的」、「低い」=「消極的」と解することができそうです。

「低い心は高い心で退治せよ」「不安なときには勇気を断言せよ」という内容は、単なる精神論と受け取られかねない表現です。

筆者が信じていることを断定的に語っているのみで、全体的に大雑把であり、説明が足りない印象を強く感じさせる内容となっています。

ぺんたか
おい。
なんだかずいぶん、否定的な感じだな。
コンドーさん
んー、実際、あんまりイイ評価はしてないです。
全体的に「気合と根性で乗り越えろ」的な、古めかしい精神論という感じがしますね。

 

 

「意志力を引き出す」の章について

「自己暗示によって心の訓練ができる」と主張されていますが、その点にはある程度は同意ができます。

続いて、その心の訓練の方法として、「不愉快な仕事をする」というものが紹介されています。

しかし、この主張には強い疑問を感じます。

「特に不愉快なこと」を毎日するとなれば、毎日を不愉快な気分ですごすことになるのが当然で、そういう心が引き寄せるものというのは、決まっています。

それは、意志力を得たことで感じる達成感などではなく、続いて起こる新たな不愉快な気持ちや出来事ということになるはずです。

なぜなら、それが「引き寄せの法則」だからです。

つまり、不愉快な気持ちを抱き続けてすごせば、新たな不愉快な気持ちと不愉快な出来事が引き寄せられるということです。

けれども著者は、この訓練が嫌ならばそれは意志力を求めてなどいないことを意味するとして、「いまのまま、弱者であることに満足すべき」と切って捨てています。

このような訓練がプレスに働くのは、「これこそがまさに、私の心を鍛えてくれるものだ」とポジティブに受け取ることができる人だけでしょう。

以上のように、この章の主張には、著者が自分の思想を絶対視しているような危うさが感じられます。

実際には、修行のような訓練よりも重要なのは「自分が本当に何をしたいのか」の方です。

それが分かれば、訓練などせずとも自然と行動が促されて、意志力も生じてくるからです。

けれども、それをどうやって見つけるかについては、何も語られていません。

他にも、本当の願望が分かれば意志力は供給されると言いながら、心の訓練で意志力が強められると主張しているところから、議論が混乱している印象があります。

ぺんたか
イヤなことをヤルなんて、イヤだなぁ。
コンドーさん
なんつーか、こーゆーふうに、「人生は修行!」みたいな感じで考えたがる人っているよネ。
そうイメージすると、まさに人生が修行になるってのが「引き寄せの法則」なんだケド。

 

 

「恐怖を駆逐する」の章について

恐怖こそがその恐れているものを引き寄せるため、勇気を語り行うことで克服し、「できる、やれる」と考えて行動せよという主張がなされています。

ここでもやはり、説教調の精神論が展開されています。

確かに、「できる、やれる」と繰り返しイメージすることが実現を引き寄せるという主張は、完全な間違いだとは言えません。

けれども、そのことが成り立つためにはイメージした本人の感情がどういうものなのかがカギになります。

つまり、「できる、やれる」とイメージすることによって心が奮い立ち、気分が高揚するならプラスに働くということです。

逆にイメージによって、「こんなものはただの精神論にすぎない」と感じるとすれば、マイナスにしか働かないのです。

著者は、「できる、やれる」とイメージすれば、すべての人がポジティブな気持ちになるのが当然だと考えているように思われます。

しかし、それは必ずしも正しくありません。

百歩譲って、繰り返し「できる、やれる」と考え行動すれば、ポジティブにもなれるかもしれません。

けれども、そもそもその繰り返しができない心情というものがあって、問題はまさにそこにあるわけです。

ぺんたか
「YOUも、ポジティブになっちゃいなYO!
なんて、言われてもなぁ。
コンドーさん
まったくチガウって言う気はないけど、なんつーか、乱暴なんだよなぁ。
水飲ませずにうさぎ跳びでグランド100周させる昭和なスポ根マンガみたい・・・。

 

 

「消極的な念を相殺する」の章について

新たに語られていることは、「願望を明確にすることの重要性」、「代価が求められているということ」、「心の排他的な性質」の3つです。

一つめの願望の明確化ですが、何をもって明確とするのかは、書かれていません。

「積極的なのが良い」「低いものは良くない」というように具体性がなく、まるで「きちんとやるのが大事」という類の「政治家の答弁」のようです。

願望を明確にするというのは、例えば、ただ「金持ちになる」というのではなく、日付や額を決めて、「いつまでに、いくらの金を得る」という風にすべきという話かもしれません。

けれども、詳細なのが必ずしも良いとも限らず、自分の気分が良くなる範囲でするべきという意見もあります。

実際、ヒックス夫妻による「引き寄せの法則」の書籍の中では、そのように語られています。

理由としては、目指している理想的な状態についてまだあまり知らない状態でイメージをして、細かな部分が分からないで不安や焦りを感じてしまうと、ネガティブな気持ちが生じてしまうからです。

さて、新たに語られている内容、二つめの「代価が必要」という点についてですが、これもまた他の「引き寄せの法則」関連の本の多くとは、かなり考え方が違ってます。

本書では「高い実現のために低い願望を捨てよ」とされていますが、一般的に言って「引き寄せの法則」の議論には、「高い」「低い」というような基準のようなものは登場しません。

そもそも、ここで著者が述べている「高い実現」や「低い願望」とは、何のことを言っているのでしょうか。

例えば、「高い実現」とは博愛的な行動や自己実現、「低い願望」とは怠惰や暴飲暴食といったことであるかもしれません。

いずれにせよ著者は、そのような「人間とは、こうあるべき」という類の倫理的な序列を前提としているように思えます。

そして、「心を鍛え、意志力を使えば、誰でも高みに到達できる」と言っているようです。

けれども著者の思うが高みが、すべての人間にマッチしたものであるかは疑問です。

このような、著者の前提としている価値観を押し付けられている点が、しばしば感じられる説教臭さの理由だと言えるでしょう。

一方、ヒックス夫妻版の「引き寄せの法則」では、多様性が重要であり、人それぞれであることが肯定されています。

そして、そのことが「許容し可能にする術」という最重要の考え方につながっています。

つまり、何らかの価値観を押し付けること自体を否定しているわけです。

ヒックス夫妻による説明がすべて正しいということではありませんが、著者のアトキンソンは、「引き寄せの法則」を説明したいというよりは、その概念を使って精神性を重んずることの大切さを強調したいようにも感じれられます。

コンドーさん
「低いものを捨てて高いものを得よ(でも何が高くて何が低いかは言わないけどネ)」みたいな言い方は、正直、かなり偉そうな感じですナ。
ぺんたか
なんだよ。
アトキンソン嫌いかよ、もっと愛してやれよ。

 

 

「集中力を使って心を制御する」の章について

何に意識を向けるかが最重要、という内容の章です。

実際、これは「引き寄せの法則」の要点であるとは言えます。

ただ、通常の意味で集中力と言えば、短期間に何かに没入するというようなイメージになってしまうかもしれません。

けれども引き寄せのためには、ポジティブな気分にさせてくれるものに目先を変えることと、繰り返しイメージすることが重要だと思われます。

なぜかと言えば、そういう訓練によってこそ、著者も重要としている「無意識」に影響を与えることができるからです。

また、筆者は「十分に念を凝らすことが、問題解決をもたらす」としていますが、十分に念を凝らすことができるというのは、問題解決の原因ではなく結果と見るべきだと思われます。

つまり、「自分自身の心にマッチした願望を持って、それを意識し続ければ、結果として自然と集中力が発揮された状態になる」ということです。

著者の言うような意志力によって強い集中力を実現するのは、多くの場合、非常に難しいだろうと思われ、もっと言えば、ほとんど無理なのではないかと考えます。

なぜかと言えば、意識的な集中などというものは、言ってみればただの無理強いでしかないからです。

ぺんたか
念って、凝らそうと思って凝らせるのかいな。
何か、言ってることが、「とにかくガンバレ!」みたいな感じがするワー。
コンドーさん
「訓練や修行をすれば、心に願望を押し付けることができる」とでも言うような書きぶりデスな。
かなーり問題デスよ、実際、コレ。

 

 

「生命力を注ぐ自己訓練法」の章について

著者は、「集中せよ、真剣になれ」という説教が好きなようです。

確かに、ここで紹介されている「私は真に生きている!」というアファメーションは、実際に行うと次第に充実感を得るようになるかもしれません。

しかし著者の説教に辟易して、実行できない人も少なからずいることでしょう。

重要なのは、どうしたら集中できるかであり、またどんな方法を使えば真剣になれるのかという点です。

そして、そのために示されている具体的な方法として、アファメーションやビジュアライゼーションがあるのだと考えることができます。

けれども、それらが持つ強い力については、きちんと説明されていません。

そのため、読者にその重要性が理解されるかについては、大変疑問です。

ぺんたか
アファメーションって、自己啓発本とかビジネス書なんかに、よく出てくるよな。
一体、なにがイイの?
コンドーさん
メチャクチャ単純に言うと、だんだんその気になるってことだわな。
無意識に対して、「そうなんだぞ」とジワジワ教えてイクって感じですかネ。

 

 

 

「積極的な心の習慣を作り出す」の章について

本章では、無意識の強力さやそれに影響を与える習慣についての考え方が示されています。

無意識は習慣的であるという指摘は、正しいものではありますが、かなり大雑把なものでしかありません。

例えば、自転車に乗る練習を繰り返し行う習慣によって、乗る感覚が刷り込まれ、それが無意識化します。

無意識化された行為は、繰り返し取り出すことができ、結果として、それが習慣的に働くわけです。

つまり、まず習慣的な言動が無意識を作り、その後で無意識化されたものが習慣的に働くことになります。

無意識が習慣的であるということには、これら二つの意味合いがあります。

そのような無意識化された習慣はしかし、多くの場合、惰性で過ごされる無自覚的な日常によって作られてしまいます。

家に帰ったら何となく電源をつけ、何時間もテレビを見てしまうといったような習慣が、まさにそれです。

ちなみにテレビの目的は、視聴者に便利であったり、楽しかったりする情報を届けることではありません。

それがメインの機能ではなく、第一の目的は消費社会の中で、視聴者の頭の中に「欲しいもの」を作るということにあります。

この例から分かるとおり、まさに「悪習慣には、つねに警戒が必要」というわけです。

では、どういうものが「正しい習慣」なのでしょうか。

その一つの答えとして本書で示されているのが、「習慣にしたいこと」を選ぶという方法です。

著者のこの書きぶりからは、「このようにすれば、ほとんどの人が私が正しいと思うのと同じものを選ぶはずだ」と考えているような印象があります。

けれども、おそらくそれは著者の単なる思い込にすぎないものです。

ただし、どのようなことを習慣にしているのであれ、「これを習慣にすることを本当に私は望むのか」という疑問を持ってみることが大事なのは、間違いないことでしょう。

こういう問いを、もっと細切れにしたものが、ヒックス夫妻の言うところの「節目ごとの意図確認」だと言えます。

「節目ごとの意図確認」については、コチラをご覧ください。

ぺんたか
「ちゃんと意識して、イイなと思って選んだモノを習慣にしろよ」って話は、まぁ、正しいんじゃないの?
コンドーさん
そーデスね。
言ってみりゃ、「惰性で生きるな」ってコトよね。

 

 

「感情をコントロールする」の章について

感情は習慣の影響を強く受けること、消極的な感情には消えることを命ずべきであるといったことが主張されています。

しかし、ここで説明されている内容には、マイナスの効果をもたらしかねない危険なものが含まれています。

それはつまり、こういう話です。

まず、消極的な感情に「消えろ!」と言うのは、それに注意を払っているということを意味します。

「引き寄せの法則」から考えれば、そういう言動は「より多くの消極的な感情を引き寄せる」という結果につながることになります。

おそらく多くの場合で、消極的な感情をまさに味わいながら言うことになるでしょうから、「感情とセットでイメージを呼び起こす」ことになります。

これはまさに、「引き寄せの法則」の実践方法そのものです。

そのだめ、かなりの頻度で「消極的な感情が」が現実化してしまうことになり、非常に問題のある教えだと言えるわけです。

では、どうしたらよいのでしょうか。

重要なポイントは、プラスの内容を現実化させるためには、積極的な感情とともにイメージを持つという点にあります。

ですから、ここに書かれた例で言えば、「マイナスの感情などには負けない自分」を肯定的な感情とともにイメージすることがポイントになります。

要するに、「消えろ!」というのは、堂々と雄々しく言うべきであって、苛立ちや悲しみを抱きながら言うべきではないというような話です。

もっと言うなら本当は、いなくなって欲しいものに対して「消えろ!」と言うのではなく、現れて欲しいものに「出でよ!」と命令すべきです。

著者の書きぶりでは、このような微妙ではあるけれども重要な視点が、残念ながら理解されない恐れがあります。

一方、明るいの態度がより一層の明るい心を引き寄せるという説明もされていて、こちらの主張については、そのままで「引き寄せの法則」に沿った内容となっています。

また、「感情は繰り返しによって強まる」という主張に関しては、習慣が脳を作り変えるという、いわゆる「脳の可塑性」についての指摘と捉えることができます。

「脳の可塑性」というのは、新しいことを覚えることができるように、脳の状態というのは変えられるという話です。

ぺんたか
なんかアレやな。
この著者って、外国人がステレオタイプ的にイメージする、武道のお師匠さんみたいな感じやな。
コンドーさん
まさにね。
映画『ベスト・キッド』のカンフーの先生みたいな感じデスわ。

 

 

「眠れる脳細胞を目覚めさせる」の章について

憎悪には愛を培うことで、また憂鬱には楽しいものの見方を培うことで、それらを克服せよという主張がなされています。

「心掛けが大事」といった類の精神論を語っているようでもありますが、心が持っている性質を利用することを勧めているのだろうと思われます。

その性質というのは、「一つのことに意識を集中すると、それ以外のものが排除される」ということです。

実際、悲しみを追い出すためには、楽しいことに意識を向けることが有効と言えば有効です。

けれども、著者の書いているような「ポジティブに考えて行動に移せ」という内容では、そういう気持ちになれない人間にとっては、ほとんど何のアドバイスにもなりません。

著者は積極的な念が消極的な念よりも力が大きいとも主張していますが、しかしポジティブなことよりネガティブなことを考えを持つケースが多いという人もかなりいると思われます。

そして実際、そういう態度こそが心の習慣なのであって、変えていくべきものなのだと言えます。

とは言っても、ポジティブさというのは思いついてすぐに会得できるようなものではありません。

つまり、「ポジティブに行こう」という考えは単にエゴ(意識)のものであって、それにエス(無意識)が同意しているとは限らないということです。

そのための方法が、著者の言うような、ただ「努めるのです」ということでは、参考にならないと思う人が多いのではないでしょうか。

要するに、読者の思いに寄り添うような気持ちが薄い著者のように感じられるということです。

ぺんたか
カナシーとかツライとか思うときには、タノシーとかラクダとか思えばイイの?
コンドーさん
ムリヤリ思ってもしゃーないワな。
逆に、もっとダウナーになるダケでしょ。
大事なのは、「どういう風なポジティブさなら、自分で納得できるか」「いまをどう解釈したら、気分がアゲられるか」ってコトだよね。

 

 

「願望力を動かす」の章について

念を凝らし夢中になるのが成功の鍵だという内容の章です。

一心に力を注げば、成功の確率が上がるというのは、誰でも知っていることです。

けれども、意図的に念を凝らしたところで長続きなどしないこともまた、知られている話なのではないでしょうか。

ですから問題は、「いかにして夢中になり、情熱を燃やすか」という点です。

その点について著者は、自分が提供するものの価値に気づくことで解決できたと記しています。

これは、「自分の言葉によって勇気づけられ、成功をつかむ人がいる」とイメージしたら、より仕事に集中できるようになった、というような話なのでしょう。

これは、「まず自分が価値のある仕事をしている必要がある」という話だと理解することができそうです。

あるいは、「どんな仕事をしていようと、その価値をつねに見直し、見出し続けることが重要だ」ということなのかもしれません。

このような話の他にも、この章では、「願望がすでに実現したものと考えよ」という「引き寄せの法則」でよく語られる非常に重要なポイントが出てきています。

この点がなぜ大事なのかについては、当サイトでは次のように考えています。

つまり、「無意識が現実とイメージを区別できないため、すでに起こったものとして想像することで、それにマッチした思考や行動の様式・パターンを自動的に模索し始め、問題解決をもたらされる」ということです。

要するに、すでに実現したものとして願望をイメージすると、そうではない現実に違和感を覚え、脳が勝手に現実化するための策を探し始めるわけです。

ぺんたか
カネ持ちになりたかったら、もうそうなった気分で、ウキウキして暮らせってコト?
なんか、アホっぽくない?
コンドーさん
たしかに、ね。
でも、たいていの「引き寄せの法則」の本に書いてある、スゲー強力な方法みたいよ。

 

 

「宇宙の原動力を動かす」の章について

集中力を浪費せず、重要な仕事のために蓄えておくべきことが主張されています。

著者の大好きな「集中」についての補足、ということになるでしょうか。

注力のためには分散させず無駄にせずが肝要、ということが言いたいのかと思われます。

けれども、この部分については「引き寄せの法則」とはあまり関わりのない、仕事についての一般的なアドバイスのようにも見えます。

著者のアトキンソンにとっては、とにかく「そのことで頭が一杯」という状態になるほど集中することが、願望実現のための重大なポイントであるようです。

しかし、当サイトの考えでは無意識の力を利用することが重要と考えから、とにかく集中すべきという主張には同意できません。

理由はもちろん、「集中しよう」という考えは、まさに意識(エゴ)の働きの話であるからです。

実際に集中を実現させるものは、無意識(エス)の力によるものです。

つまり、無意識的な集中ができるために間接的に調整するのが意識なのであって、意識によってじかに強く継続的な集中を実現させるようなことはできないと考える、という話です。

ぺんたか
でも結局、多少は意識で調節できるなら、アトキンソンの言ってることと、たいして違わないんじゃないの?
コンドーさん
アトキンソンは意識的な訓練で、願望実現のモトになる無意識的な信念みたいなモノを作り上げることができると考えてるネ。
でも、ウチの研究所じゃ、どこに焦点を合わせるかは意識的にできても、それにイエスと言うかノーと言うかについては、やっぱり無意識が決めると考えてマス。

 

 

「望みは大きくもて」の章について

この章で主張されている「大きな望みが大きな結果をもたらす」という内容は、「引き寄せの法則」の基本的な考え方に沿ったものです。

実際、どんなに偉い立場でも、どんなに魅力的な相手でも、どんなに高価なものでも、「自分はそれに値し、自分こそがそれに相応しい」と考えるような自己暗示は、とても有効です。

逆に言うなら、「自分には相応しくない」と考える心が、チャンスを逃す原因になっているという話です。

そういう消極性の要因には、大きく言って二つのものがあるだろうと思われます。

一つは、「謙譲の美徳」という教えを受けて、育てられているという点です。

つまり、いつでも「自分なんてたいしたことないですよ」というように振る舞いなさいと教育されてきたということです。

もう一つは、「現状維持」を望む強い心的傾向があるという点です。

生き物すべてに、いまのままでいようとする性質があって、人間もその影響を受けているということです。

以上の二つの他にも消極性の要因があるかもしれませんが、これらだけでも願望をしおれさせるには十分でしょう。

一般的な傾向として、人はこじんまりとした常識的な考えに閉じ込められやすいため、意識的に大きく捉え考えていくことが非常に重要だ、と言えるわけです。

なお本章では、あなたは「すべてのもの」の表れだとする表現も出てきていますが、この「すべてのもの」という表現は、ワトルズ版の「引き寄せの法則」に登場する「宇宙一元論」的なものと言えるでしょう。

ぺんたか
出たよ。
まーた「宇宙一元論」かよ。
コンドーさん
まぁ、「引き寄せの法則」自体がニューソートが元だからね。
ニューソートの基本思想である宇宙一言論は、どうしても登場しがちなのデス。

 

 

「宇宙の法に一致する」の章について

この章では、人の上に漂う「空気」などの無意識的なものによって、人が強く影響を受けるということが主張されています。

最後の章になって、とても重要なポイントが出てきています。

つまり、「引き寄せの法則」を利用すると、他人に強く影響を与えることができるという点です。

笑顔やあくびが伝染しやすいことは、誰でも知っていることです。

そのことから、笑顔でいることで周囲を明るくして、自分の心も明るくなると考えることができます。

実際、そのとおりに実行している人も、それほど多くはないかもしれませんが、きっといることでしょう。

けれども、同じことを勇気や自信の点において行おうと考える人は、ほとんどいないのではないでしょうか。

つまり、自信にあふれた態度は周りの人の自信までも高め、それがまた、より一層自分を力づけてくれるように働くということです。

「宇宙」や「波動」などと言って分かったような分からないような説明をするより、こうした人間の日常的な事実の方が、もっとずっと大事なのではないでしょうか。

ぺんたか
自分がすることは、自分が思っている以上に、周りの人にも影響を与えている?
コンドーさん
そーですね。
なおかつ、その影響が自分自身にも、キョーレツに返ってくる、というコトです。

 

 

解題

本書は、著者ウィリアム・M・アトキンソンによって、アトキンソン版の「引き寄せの法則」について書かれたものです。

つまり、それぞれの著者によって「引き寄せの法則」の説明は違っている、ということです。

アトキンソン版の「引き寄せの法則」について、目立った特徴と言えば、意志力・集中力の重要性を強調している点だと言えるでしょう。

また、「高い」「低い」といった表現も、たびたび使用されています。

そもそも、「引き寄せの法則」は、ニューソートの流れを汲むものです。

ニューソートについては関連書籍のレビューがコチラにありますが、『眠りながら成功する』を著したジョセフ・マーフィーや『思考は現実化する』で知られるナポレオン・ヒルなど、成功哲学の多くがその影響を強く受けています。

ニューソートは、キリスト教の一派であるため、「高い」「低い」といった倫理観のようなものが見え隠れするのも、その辺りに原因があるように思われます。

つまり、「一心に神を信じ、正しいことを行う高い心を持ちなさい」というような価値観を感じさせるということです。

本書の説教臭さも、原因はそこにあるのかもしれません。

ただし、一般的に「引き寄せの法則」で説明される内容も、軽くしか触れられていないものも多いとは言え、それなりに網羅して書かれています。

以下に、まとめてみましょう。

  • 現状は、自らの思いの結果である。
  • 積極的な思いが成功を引き寄せる。
  • ビジュアライゼーション・アファメーションが有効。
  • 心は矛盾する思いを同時に保てない。(積極的な考えは消極的なそれを排除する。)
  • 「自分はどんな素晴らしいものにも値する」という自信が重要。
  • 自信は、周囲と自らとに対して、強い影響を与える。

こういう重要な指摘を含んではいますが、残念ながらアトキンソン版の「引き寄せの法則」は、かなり説明が一方的です。

「強く思うことで、あらゆる問題を克服せよ」という精神論と取られかねない書きぶりには、かなり問題があるように思えます。

中でも、「不愉快なことを毎日やって心を鍛える」や「力を浪費させず一点に集中する」といった教えには、まるで修行僧が語ったもののようで、うんざりする人もきっといることでしょう。

結論として言うならば、当サイトでは、本書をあまりオススメはしません。

理由はすでに述べたとおり、「引き寄せの法則」の重要なポイントについて軽く触れられる程度の点が多く、著者の独善的な価値観に重きが置かれているように思われるためです。

「思いや心の態度がすべてを解決する」という主張をするだけでは、たとえそれが間違いではなくとも、その教えを糧にゴールにたどり着く人は、ほとんどいないことだろうと思います。

本を著す以上、大事だと思うことを示すだけでなく、いかにして読み手をそこに導くかが大事だろうということです。

ぺんたか
まぁでも、かなり古い本なのに書かれるべきことはある程度ちゃんとカバーして書かれている、とも言えるんじゃないの?
コンドーさん
まぁね。
ただ、合わない人はゼンゼン合わないと思うので、軽く立ち読みでもして自分に合いそうだったら読んでみる、みたいな感じのことをオススメしますよ。

 

 

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